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水戸地方裁判所 昭和46年(ワ)198号 判決 1972年6月28日

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は、「被告は原告等に対して金二六五万六、二五〇円づつおよび右各金員に対する本訴状送達の日の翌日より完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一  訴外照山謙は昭和四四年七月二一日午後一〇時二〇分頃、茨城県西茨城郡友部町大字上市原一、七七六番地の一附近道路を笠間市方面より水戸市方面へ向い被告所有の自動二輪車(以下被告車という)を運転して進行中、折柄道路左端で用便中の原告等の二男である訴外亡森光二に被告車を衝突させ、同人を頭蓋底骨折により、死亡するに至らしめた。

二  被告は、被告車を所有し、その運行供用者であるから、本件事故によつて生じた人的損害を賠償すべき責任がある。

三  損害

1  慰謝料

原告等は亡光二の死亡により精神的苦痛を蒙つたが、これを慰謝するには各金一五〇万円が相当である。

2  逸失利益

亡光二は生前昭和四四年一月から笠間市行幸町河原輪店に店員として雇われ、月収金四万五千円を得ていたので、年収金五四万円となるが、これから生活費としてその五〇パーセントを控除すれば年間純益が金二七万円となる。

しかして、稼働年数は四四年(自動車損害賠償事業査定基準による)であるから、その間の純益は金一、一八八万円となり、これよりホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除すれば(係数〇・三一二五)、現価は金三七一万二、五〇〇円となる。

そして、原告等は相続人としてその二分の一づつを取得したので、その金額は各金一八五万六、二五〇円となるところ、既に前記照山謙より金一四〇万円の弁済を受けたので、その二分の一づつを右損害賠償債権額より控除すれば残額は各金一一五万六、二五〇円となる。

四  よつて、原告等は被告に対し金二六五万六、二五〇円づつおよび右各金員に対する本訴状送達の日の翌日より完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べ、被告の抗弁事実はいずれも否認する。殊に、

(一)  被告はその父訴外斉藤隆三に被告車を預けたものであるから、依然被告車に対する運行支配を失わないものである。

(二)  原告等は訴外照山謙との間の裁判上の和解において、同人に対し本件交通事故に関し、和解で取極められた以外に裁判上、裁判外の請求をしない旨約したにすぎない。

(三)  運行供用者責任と不法行為者責任とは不真正連帯債務の関係にあるから、その一方に対する債務免除の意思表示は他方に影響を及ぼさず、また、その相互間に負担部分も存しない。

と述べた。

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁および抗弁として、

一  請求原因一の事実は認める。

二  同二の事実中、被告車が被告の所有であることは認める。けれども、被告は被告車の運行供用者ではない。即ち、被告は被告車を他より買求め、構造等の研究に使用し、運転交通のために使用していなかつたところ、東京に就職するにあたりこれを笠間市来栖一、二三七番地の一の実家に置いて行つたのであるが、本件事故当時被告車は自動二輪車としての効用を廃し、運行の利益を有しない単なる所有権の客体に過ぎなかつたものであるから、被告車による「運行」はあり得ず、また、被告は被告車の保有者にも該らない。

かりに、右主張が理由ないとしても、被告の兄孝昭が被告に無断で訴外川井薫に被告車を無償貸与し、同人がさらにこれを訴外照山謙に貸与したものであるのみならず、右孝昭は川井に被告車を貸与した当時精神病に罹患し、治療中のもので、被告車を貸与する正常な精神的自由を有していなかつたから、被告車の占有が川井に移転したのは被告の全く関知しないところであり、被告に保有者ないし運行供用者としての責任はない。

三  同三の事実中、亡光二の生活費が収入の五〇パーセントであること、原告等が前記照山より金一四〇万円の弁済を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。

かりに、被告に損害賠償責任があるとしても、

(一)  原告等は前記照山との間の示談および裁判上の和解により、亡光二の死亡による一切の損害につき金一四〇万円をもつて解決することとし、同金額を受領したから、さらに原告等は本訴により被告に対し本件事故に基く損害の賠償請求をすることは許されない。

(二)  かりにそうでないとしても、加害車の所有者と加害運転者とは被害者に対し不真正連帯責任を負担するが、右両者の間には互いに負担部分があるから、被告がかりに残存損害額を全部賠償した場合は照山に求償し得るところ、同人は既に金一四〇万円を支払つて残存損害額の支払を免除せられたのであるから、被告からは右照山に求償し得ない関係にあるので、その求償し得ない金額は原告等請求の損害額より控除せらるべきである。

と述べた。〔証拠関係略〕

理由

請求原因一の事実は当事者間に争いがない。

そこで、被告が被告車の運行供用者であるか否かについて判断する。

この点につき、まず、被告車が被告の所有であることは当事者間に争いがないから、一般的、抽象的には被告は被告車についての運行支配と運行利益を有するものというべきである。

被告は本件事故当時被告車は自動二輪車としての効用を廃した単なる物体に過ぎない旨主張するが、〔証拠略〕を総合すれば、被告は車体の構造研究と乗用に供するため被告車を購入し、右目的のために使用して来たところ、昭和四四年三月自動車会社に就職するため上京したが、その際被告車をその鍵とともに両親、兄弟に預け、爾来被告車は笠間市来栖一、二三七番地の一にある被告の両親、兄弟の居住する実家の物置に保管されて来たが、本件事故当時なお自動二輪車としての効用機能を有していたことが認められるから(右認定に反する証人斉藤隆三の証言と被告本人尋問の結果の一部はにわかに措信し難い)、被告の右主張はその理由がない。

つぎに、被告は被告車は被告の意思に基かずに他人に貸与されたから、被告は被告車に対する運行の支配も利益も有しない旨主張するが、〔証拠略〕を総合すれば、前記の如く被告車はその鍵とともに被告が上京するにあたり、その親、兄弟に保管を託されたものであるが、被告と親密な友人関係にあつた訴外川井薫は昭和四四年六月中旬頃、被告の留守中にその実家を訪れた際、たまたま被告車を見つけ自己の帰宅に利用するため、被告の兄孝昭の承諾を得、鍵とともに被告車を一時借用したこと、右川井はまもなく上京するため自宅より国鉄内原駅まで被告車を運転し、同駅付近の友人訴外照山謙に被告車の保管をその鍵とともに託したこと、その後右照山は昭和四四年七月二一日に至り、被告またはその家族あるいは川井の承諾を得ることなく、無断で被告車を運転し、本件事故を惹起するに至つたことが認められ、〔証拠略〕中右認定に反する各部分はにわかに措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

なお、被告は右川井が被告の兄孝昭より被告車を借受けた当時、孝昭は精神病のため弁識能力を失つていた旨主張するが、〔証拠略〕によつても右主張を認めることができず、他にこれを肯認しうる適確な証拠もない。

以上の如く、被告は実家にいたその両親、兄弟に対し被告車の管理を委託したものであり、これに、被告と川井とは親密な友人関係にあつたことなどを併わせ考えれば、川井の車の乗出しは必ずしも被告の意思に反するものとは言い難く、この段階では、被告はなお、被告車に対する運行支配を有し、これを失わないものというべきである。

しかしながら、さらにすすんで、川井から保管を託された照山の無断運転については、前記事実関係の下では被告の意思に反しないものとは言い難く、むしろ、被告の意思に反するものと推認されるのであつて、他に右無断運転が被告の意思に反しないこと、また川井が被告またはその両親、兄弟より長期間の包括的な管理を委ねられたことなどを認めうる適確な証拠も存しない本件においては、被告は少くとも照山の無断運転により被告車に対する運行支配および運行の利益を失うに至つたものと解するのが相当である。

それ故、被告は本件事故当時、被告車の運行供用者ではなかつたものと言わざるを得ないから、この点についての被告の抗弁はその理由がある。

以上の次第で、被告が本件事故当時被告車の運行供用者であることを前提とする本訴請求は爾余の判断をまつまでもなく失当として棄却を免れない。

よつて、民訴法八九条、九三条第一項本文を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 太田昭雄)

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